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世界的な著名人の文字から、道ばたで拾った名もなき字まで。
くせ字蒐集家の井原奈津子氏が採取した、
めくるめく「くせ字」の世界を紹介する書籍
『美しい日本のくせ字』が今秋発売となります。
こんな字を書く人は、いったいどんな人なのか?
想像しながらお楽しみください!


#009
オレオレ詐欺な字
(100%オレンジの字

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 100%オレンジさん。新潮文庫の広告などでもおなじみ、有名なイラストレーターなので、知っている方も多いだろう。友人も口々に「かわいいよね」と言い、大好きな人が多い。
 私も、絵はもちろん、そこに添えられたこの字を初めて見たときから「いい字だな」「普遍的な魅力を持った字だな」と思っていて、見かけるたびに眺めて味わって来た。しかしながら、どうしても、「かわいい」とは言えないのである。理屈ではそう思うのだが言葉が喉まで出かかって出ない、出したくない。その理由は、自分の負の感情から来ているものだと感じていて、深く考えることに蓋をして来た。開けるまでもなくうすうすわかっていたのだが、いざ蓋を開けてみると、それは、恥ずかしながらというか、やっぱりというか、嫉妬心。「かわいい」世界観を、高い完成度で表現できている。なんかずるい。

 嫉妬心は、認めても認めてなくても苦しいものだが、認めれば、ある開放感は得られる。すると今まで気づかなかった感情が湧いて来て、かわいいと言えないのには他の理由もあったのだとわかった。

 例えると、女性のように、もしくは女性よりもかわいらしい男性が女装した姿を見たときの気持ち。客観的に見てかわいいと思っても、先入観や偏見もあり、本能では違和感を隠せない。女性たちがこの字を見て「かわいい」と狂喜する姿は、女性たちが女装した男性に憧れる姿を想像させ、私には奇妙に映る。「あなたたちの存在の方がよっぽどかわいいのに?」

 ちなみに、このかわいい字の主は、こちらは有名かどうか、男性である。彼は自身の字を「かわいい」と思っているだろうか。私の想像では、否。「自分の字、すなわち自分がかわいい?まさか」と、こんなにかわいらしい絵や字を描きながら、「かわいいこと」と「自分」を結びつけることなど出来ない人物なのではないか。
 計算しつくされたように見える絶妙な「かわいい」バランスを持った字であるが、その真面目で朴訥とした佇まいのせいか、「他人にどう見られているかを気にしていないし、わからない」という、飾らない姿も感じられるのだ。
 その相反するようなものが同居しているところが魅力を生んでいるのかもしれないとも思う。かわいくなりたいわけではないのに、かわいいのをやめられない。
 これはもはや〝取り憑かれている〟と言っていいだろう。守護霊か背後霊に「かわいい」がいるはずである。守護霊に「『かわいい』を作り出せ」と命令されて、律儀に体現しているのかもしれない(妄想です)。
 去年、この字を書いたご本人である、及川賢治さんにお会いする機会があった。その天然っぷりが非常にキュートな男性であった。
 「かわいい」に取り憑かれた男。100%オレオレ詐欺ですよ。あぁ恨めしい。

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有名人の字から道端で拾った字まで。くせ字から日本が見える!
『美しい日本のくせ字』
2017年5月下旬発売!

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Profile
井原奈津子
くせ字愛好家。1973年、神奈川県生まれ。
多摩美術大学卒業後、主にエディトリアルデザインに関わる。
現在は筆耕、習字の指導などを行う。
「くせ字練習会」など手書き文字のワークショップも開催。