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第二回目
絵を描くのはなぜめんどくさいか
その1

『ちょーめんどくさい』

──今日は特にテーマを設けないままに来てしまいましたが、連載二回目ですでに。

寺田 絵を描くのってめんどくさいなー。

──あっ! まだ二回目なのに! タイトルが絵を描いて生きていく的なアレなのに!

寺田 動物は生きるために生きてるじゃないですか。生きることそれ自体が理由であって。人間は目的を探しますけど、それは作らなくちゃいけないよね自分で。

──人間は生きるために目的を作らなくちゃダメですかね?

寺田 作らなくちゃ毎日ボーっと生きていくことになりますよね。何かしら目的がないと、人は生きていけないんじゃないかなー。「今日パチンコしよう」でもいいし、「布団から起きよう」って思わないと、起きられないし、目の前の目的が必要ですね、どんなことでも。歩こうでもいいし。一歩踏み出すという目的を作らないと、踏み出す理由がないじゃないですか。

 んで、仕事はですね、特に絵を描くという仕事は、本来生活とは直結してないわけですよ。

──直結してないというと?

寺田 今は絵がお金になるという社会が存在しているからお金に換えてもらってるだけで、もともと絵を描いてお金になるなんてことは、自然界では起こらないんです。ひとりで洞窟に絵を描いたからといって、誰もお金くれないでしょ?

──確かに古代人が洞窟に描いた絵でお金もらっていたとは考えられませんね。

寺田 絵を描いてお金をもらえる。そういう社会がなければ、絵を描いたところで生活できないもんね。で、そう考えるとさ、仕事をするっていうのは本能的じゃない部分でしないといけないけど、それはなかなかめんどくさいよねっていう話を今しています。


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──(笑)寺田さんは絵を描く以外のお仕事をされたことがないんですよね。

寺田 うん、たまたまそれで成り立たせてもらってる。さいわい絵を描いて生活できてる。それで仕事として絵を描いてるわけですが、でもやっぱり同時に動物なので、本来生きるためとは直結してない行為だと、自我とは別の、脳の原始的などこかが完全に納得してないんじゃないかなーと思うわけです。

 例えば、超空腹なとき、目の前の木になってる果物とか、泳いでる魚を獲るっていうのは、本能的な働きですけど、お腹すいたから目の前にある紙に絵を描くっていうのは、まったく本能的な行動じゃなくて、「これは二ヵ月後にお金になる」みたいに脳で納得してやらなきゃいけないわけですよね。仕事ってそういうことですよね。月末になったら給料もらえるとか。なので、脳のどこかにものすごい本能に逆らってるためのストレスがかかってるんじゃないかと推測してます。

──寺田さんの描いた絵と米一俵をその場で交換とかだったら、わかりやすいってことですか?

寺田 違うんですよ。あくまで絵を描くって行為だけを取り出すと、それは絵を描く行為でしかなくて、食べることと直結してないってことです。

──そうしたら、絵を描くこと以外のことも……例えば、わたしの仕事の本を編集するという行為も、食べることとは直結していないですよね。

寺田 うん。他の仕事も。つまり人間の社会を作ってる、仕事をして、それをお金に換えるという行為はすべて回りくどいんですよ。
 オレの中に動物がいるとして、そのケモノは本能的なことしか考えてない。だから、ごはんがあったら食べる、獲物が通ったら狩る、みたいな動きだけなんですよ。そいつには獲物が獲れないストレスはあっても、獲ろうとする行為にストレスはないんじゃないかな。

 でも、仕事をするのは、そこからごはんを食べるために何段階か踏んで到達できる前段のアクションだから、智恵のついた人間部分のオレが表層の意識では納得していても、このオレの中のケモノは仕事をする理由がわからないんじゃないかと。このケモノとオレの思考は別モノだと考えてね、本能と意志みたいに。
 するとケモノ本能部分は仕事をするということが理解できないから、「なんでこんなことやらなきゃなんないの?」ってずっと思ってるんです。朝起きて机の前に座って絵を描き始めるときにね、本能的にはイヤな行為なので、カラダが納得できないわけですよ。
 でも、意志を持つ理性的なオレとしては、仕事をしないと食べられないのを知ってるから仕事をしないといけない。で、本能のストレスが意志側にも伝わってきて、それが「仕事やりたくないなー。絵を描くのがめんどくさいなー」になってるんじゃないかなと。

 なんかわかんないけど、やりたくない! 絵を描くのめんどくさい! 仕事好きなはずなのに! っていうのは、本能がイヤがってるんじゃないかというのが、オレが仕事をサボる理由です!

── ……。本能がイヤがるんじゃもう仕方ないことですね。

寺田 うん。人間だって動物である以上、そういう獣の部分と、理性的な人間部分とがずっと戦うわけじゃないですか。社会生活を営む上で。他人のものを横取りしないでしょ。したとしても、その代償は自分に返ってくる。それを踏まえて人間社会は構成されてるんですけど、本能的な部分はそんなことどうでもいいんだよね。

 本能と意志のせめぎ合いが人間の社会における生活だから、その中で仕事をしたくない! っていう欲求の正統化を延々仕事しないで考えていたわけです。

 なぜオレはこんなに仕事をしたくないのか。なぜ机の上で仕事が始まらないのかって考えたときに、「これはもう本能的なもんじゃないの?」っていう結論に達したんですよ。割と真面目な話です! その証拠に目がマジでしょ!

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──好きな仕事してるのに、サボりたいと思うときは確かにあります。

寺田 怠惰という言葉が自分の中の叱り言葉としてあります。オレよ勤勉であれ! と。怠惰がなぜ叱責用の言葉かというと、仕事したくないのも本能だとしたら、(仕事しなかったらお金もらえなくて)生活できない! っていう恐れも本能なんですよ。「ちゃんと仕事しないと生活できないぞ」とオレの理性が言ったときに、ぶわっと将来への不安が漠然と広がるわけですよね。だからサボってると罪悪感に襲われる。

──時々、「仕事が楽しくてしょうがないから、全然ストレスなんてないですよ」って仰る方もいますよね。

寺田 それも本当なんじゃないですかねー。例えば仕事を仕事と思ってない心の働きが強いとか。オレもラクガキしてると、なんのストレスもないんですよ。もう一日中でも描いてられる。ただ、これが仕事だと言われると、やらなきゃいけないって気持ちにどうしてもなっていくし、そうすると、さっきの動物の彼がですね、「なんでこんなストレス感じてるんだよ!」ってなるんじゃないの?

──じゃあ、「なんでもいいので寺田さんが描くラクガキを下さい。原稿料出します」という依頼がきたら、仕事とは思わないでストレスは感じないってことになりますか? それともお金が発生した時点で仕事になっちゃう?

寺田 仕事になっちゃうんだよね。だから自分の「めんどくさい」障壁をはずすために、「これ全部ラクガキ!」っていう発想でやるんですよ。「これ、仕事でやってるんじゃないからね!」ってオレの中のケモノを納得させるっていう。

 まあ、実際に描き始めて入り込んでくると、どんなに大変な絵でもまったく苦じゃなくなってくるんですけどね。そうなる前までは時間がかかりますね。あれなんなんすかね。説明してくれないかなー誰か。

──投げちゃった!

寺田 もちろん今回、屁理屈を言いっ放しですが、本質的に人間は怠惰なんじゃないかなと思ってるんですよ。生活に困ってない状態の場合、つまり食べるコトに苦労しないときは、動物も安心して寝てるでしょ。襲われる危険がないときですけど。目的が生きることだとしたら、それが達成されている間は狩りもしない。

 でも、人間は毎日一定時間働かなくてはならないと約束事として決め込んじゃってる。それが人間の動物的な本能では理解できなくて、それがイヤだという気持ちはナチュラルな働きだなーと思ってるんです……いや! 仕事しますけどね! いろいろ各方面にご迷惑おかけしつつもちろんやりますけど、それを仕事しない理由にはしないけど、ストレスの理由ではあるよねってことです。

──仕事してお金いただかないと、ごはん食べられないですもの。

寺田 そうそう。まあ、もちろんそれだけが仕事をする理由じゃないけどね。承認欲求てゆーか、仕事やって褒められたからまたがんばろう! とかさ。自分が「こうなりたい!」っていう欲求に裏打ちされて努力を重ねられるし。

──仕事は他人に強いられてるわけではないですよね。

寺田 うん。他人じゃなくて自分が自分に強いてるんですよね。やりがいっていう意味ではやっぱり働いていたほうがいいよね。充実感もあるから。それがたとえ幻想だとしても。

──そうですね。めんどくさいを克服しての誠実な仕事だし、充実感なのではないかと。

寺田 古谷実さんというマンガ家がいますが、彼のマンガのテーマは、完全に「めんどくさい」との戦いにしか読めないんですよオレ。どのマンガにもめんどくさいと戦う主人公が出てくる。読み違いしてるかもしれないけど、オレの中ではそう。

 めんどくさいって思考は社会を滅ぼしますからね。この社会は働く人の勤勉さに担保されてるんですよ。水道の水が出るとか、電気が通ってるとか、家が壊れないとか、ゴミが収集されていくとか。そういう当たり前だと思ってるコトは全部「めんどくさい」と戦いながら維持されている!

──そのへんの手を抜いたら、大事故になっちゃいますものね。

寺田 そう。めんどくさいを優先させて「もういいや」ってなると、ゴミは集積所から消えないでハエやカラスが舞い踊るし、てきとーに作られた家は壊れて人が死ぬし。めんどくさいってのは、生存本能を圧迫する恐ろしいチカラなんですよ。そして、オレの中にものすごく強い「めんどくさい」があって、四六時中それと対峙しててね、もうね、早い話なーーーーんもしたくないんですよ。
 そのなーーーーんもしないキモチの強さに、時々自分で恐くなります。その恐さっていうのが、古谷さんのマンガによく似てて、古谷さんは違うって仰るかもしれませんが、働きは似ている気がする。
 めんどくさいと戦うのは人類の命題だなーという気がするんです。
 めんどくさいを吸い取る機械を作ってほしい!

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だから、勤勉さを持ってずっと仕事をしている人をすごく尊敬します。社会はそれで成り立っている。でも、そういう作業は辛いし地味だし、なかなかそういう人に光は当たりにくい。必要な仕事なのに。
 そういうことに常に思いを馳せておかないと、こんな絵を描いてるだけで生活させてもらってる立場を軽んじてしまうときがあって、自分が当たり前じゃないっていうのを常に感じていなきゃいけない。今日はワタシがいかにダメな人間かを知らしめるトークになっております。

──寺田さんが基本的に怠惰だということはわかりました(笑)。でも勤勉な部分がちゃんとあって、それをフル活用して仕事をしているから、今の寺田さんがあるんですよね。

寺田 仕事をさせてもらってる立場なのでね。望まれるのは人間嬉しいことなので。望まれないと、きつかったりするじゃないですか。若い頃とかは望まれなくてもずっとラクガキしていたけど、そこは自分の中の他人を喜ばせる感じで続けてきた。それを「好き」って言葉で納得させようとはしてるんですけど、実際それだけじゃないなとも思っています。



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