第一回の物語
海も山もある故郷を、
なにも無い町と呼んでいた。
小さくまとまりたくないと、
ふるさとを飛び出して二十年。
猫の額ほどの家から、肩をすぼめて電車に乗り、
小さな会社の、小さなデスクに通う。
そんな未来が分かっていても、
あの日の俺は同じ決断をしたのだろうか。
夜十一時の居酒屋のカウンター。
ひとりで呑むのも、もう慣れた。
目の前には、地元のお酒と、
地元の名物だった鰯のへしこ。
親にはもう5年近く顔を見せていないが、
胃袋だけは、こうして毎週帰省している。
あの町には、海があり、山があり、
魚がいて、酒があった。
友人がいて、家族がいて、
たしか、恋人だっていた。
何も無いのは…
思わず、日本酒に手が伸びる。
何も無いのは、都会の方だったのかもしれない。
少し濁ったお酒を眺めながら、
東京でどうしても見つからないものたちを、思う。
いつしか手の上のスマートフォンは、
新幹線の予約画面を開いていた。
今宵も、一杯。
五明
【五明(飲食店)のポスター】
コピーライター: 細田高広
アートディレクター / デザイナー 小杉幸一
イラスト 細田雅亮
第一回の舞台裏
読むだけで、呑んだ気分になる文章を
「もともとはアートディレクターの小杉幸一さんと、五明(ごみょ)の店主さんとのプライベートなつながりで始まった仕事なんです」。コピーライターの細田高広さんは、そう話し始めた。
五明のコピーを書いた細田高広さん
アートディレクターの小杉幸一さん
2010年の店舗のオープンから1年が過ぎた頃、2人はこのポスターをお店に自主提案した。今回紹介したものを含め、ポスターは全部で3シリーズある。どこでも目にするチェーン店居酒屋とは真逆の、小さくても味わい深い小料理屋。その魅力を存分に描くために、「物語と、その世界観を心地よく象徴するイラストレーションとをモダンジャズのように自由にレイアウトした」と小杉さんは語る。ただお店に「呼び込む」のではなく、お店を「味わえる」ポスターにしたい。そんな2人の思いが感じられる。
「同僚と入った。親友と出てきた。」というボツ案も
ポスターのトーンを高尚にし過ぎると、高級料亭や銀座のバーのような世界観になってしまう。しかし、ベタに振り過ぎると、赤提灯が掲げられた大衆居酒屋の世界になってしまう。そのトーンバランスの難しさに試行錯誤した分かりやすい例があると細田さんは言う。
「ボツ案のひとつに「同僚と入った。親友と出てきた。」というコンセプトで、会社の「同期」が、お店での飲食を通して「同志」に変わる瞬間を書こうとしたものがあります。入社した当時は、周りがみんなライバルに見えますよね?でも、いざ仕事の現場に行くと、社内の小さな競争ではなくて、もっと得体の知れない何かと闘わなきゃいけないことが分かる。そんなことにお酒を飲みながら気づき、語りあい、ライバルだった「同期」が「戦友」に、そして「親友」に思えてくる…というストーリーでした。でも、いざこれを書いて読み返したらベタなんです(笑)。いかにも大衆居酒屋っぽい雰囲気が出てきてまったので、破り捨てました」
「敷居がそこまで高くない、こだわりの店」を物語でどう表現するか。繊細かつ辛い作業でありながらも、コピーライターとして至福の時間なのかもしれない。
すべてのアイデアは、手書きのA4用紙から生まれる
企画やコピーを考えるとき、細田さんは必ずA4のコピー用紙を使用する。
「とにかく色々と発想して、思いつく言葉やストーリーの断片をペンで書きなぐり、小さな字で紙を埋めていきます。だいたいA4が10枚くらいになったら、ばーっと大きな机に並べて見返します。運びやすいのはもちろん、「ぴっちり埋める」というほどよい達成感が味わえるのがA4。A3だと埋めるのが大変だし、逆にA5だとすぐ埋まってしまいますから」。
アイデアが書かれたA4用紙
コピーライターになって約8年。自由、かつスピーディにアイデアを出すには、綴じられたノートでも大きなパソコン画面でもなく、A4の紙が一番だそうだ。最近、そんな彼の思考法にさらに磨きをかけた経験があるという。2011年5月から1年間、ロサンゼルスの広告代理店へ出向したのだ。そこで彼が学んだものは、広告コピーの書き方ではなく、企業やブランドのストーリーの描き方だった。
つづきは次回へ。
細田高広(ほそだ たかひろ)
TBWA/HAKUHODO所属。ACCラジオ企画部門グランプリ、NY・CLIO賞、ロンドン国際広告賞、アドフェスト、TCC新人賞などを受賞。2010年度クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト。
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