第十回の物語
あなたにつくってあげたい、と結婚した。
いまは、その人がつくってくれる。
さくさくと小気味のよい包丁の音。
あったかい湯気。ほのかなだしの香り。
この人と暮らして本当によかったとつくづく思う。
うちの夫は料理がとても上手だ。
わたしよりも台所に立つのが好きかもしれない。
男が料理をすると食材にお金をかけ過ぎると
よく言われるけれど、うちの夫は違う。
店先で値ごろの素材を見ると献立が思い浮かぶらしい。
主夫になるのもいいかも、と冗談まじりに言う。
でも、財布のひもを握られるのはいやだから、
ふたりで料理をすることにしている。
【ヤマサ 昆布つゆのポスター】
コピーライター, クリエイティブ・ディレクター:神戸海知代
アート・ディレクター, フォトグラファー:黒沼かおり
デザイナー:白井正美
イラストレーター:岩本充恵
第十回の舞台裏
ハードルを下げて、親しみやすく
この季節に欠かせない鍋物や、煮物、天つゆなど、さまざまな料理の味を手軽においしく引き立てる昆布つゆ。そのポスターを担当したのが、神戸海知代さんだ。
コピーライターの神戸海知代さん
ヤマサのCMを担当していた神戸さんは、ずいぶん早くからこのグラフィック(ポスター、新聞など)広告をクライアントに提案しようと、機会を伺っていたらしい。
「動画だと見る時間が限られてしまいますが、グラフィックなら好きなだけ自分のペースで読むことができます。そしてなにより、何度読んでも飽きない普遍的な広告をつくりたかったんです」
ポスターなら雑誌・新聞広告と違い、掲出する媒体やお金の心配があまりないのですぐに貼ってもらえるかもしれない。そんな神戸さんの予感は見事的中。ヤマサの工場見学コースに掲載してもらえることになった。
「ヤマサの担当者の方と取材後にお昼ごはんをご一緒する機会があって、その時に「もっと自由に、いろんな食材に使ってほしい」「手軽で万能な、毎日使える調味料だと知ってほしい」という、商品やお客さまに対する熱意がすごく伝わってきたんです。ただ、その思いを広告で表現する時に、「教える」「導く」みたいな原稿になると、またハードルが上がってしまうので、家族的な、友達的な関係で親しみやすく表現しました」
ぜんぶで5シリーズある
「加える」ではなく「引きだす」
「調味料を加える」
よく聞く言葉だが、神戸さんはクライアント担当者との話の中で、「調味料」に対するイメージが一変したという。
「昆布つゆも含めて、「調味料」って聞くと、「味を加える」と思いがちです。でも、本当は「味を引きだす」ものなんです。実際、お鍋、煮物、天つゆ…どれに使っても、それぞれ素材のもつ味が違いますから。味を加えるのではなく、味を調える。だから「調味料」なんですね」
また、料理に対するイメージも変わっていったという。
「「この食材にはこれしか使っちゃいけない」みたいな先入観ってあるじゃないですか。例えば「昆布つゆなら和の食材だけ」、とか。そういう偏った意識もなくなりました。昆布つゆって、納豆や玉子かけごはんに醤油代わりとして入れてもおいしいし、サラダやパスタにも使えたり、意外な組み合わせも多くあるんです。テレビでやっていた「ちょい足し」のイメージに近いかもしれません(笑)」
「おいしく食べられるなら使い方は自由なんだ」
そんな思いを胸に、昆布つゆのある食卓の風景を描いたシリーズを制作した神戸さん。余計な表現を加えず、商品の使い勝手のよさ、おいしさをさりげなく伝える2人の夫婦の物語。
まるで素材の味を存分に引き立てる調味料のような神戸さんの表現スタイルには、幼少期の経験や現在の趣味など、さまざまなものが影響していた。
次回につづく
神戸海知代(かんべ みちよ)
アサツー ディ・ケイ所属。TCC会員。日本雑誌広告賞・経済産業大臣賞、日経広告賞、消費者のためになった広告コンクール、ACC、IBA、ロンドン国際広告賞など多数受賞。広告は心理学だと考え、きめ細かい提案と実践をいつも心がけている。
■ 新刊案内
Web未公開の広告コピーや |
本書では、ストーリー性が強く、詩や短編小説のような世界観で綴られた広告コピーを紹介します。コピーライターの「教科書」としてはもちろん、ストーリーを味わう「エッセイ・物語集」としても楽しめる1冊です。 |
■ 広告コピー関連書籍
心に染みる広告コピー、 |
不動の名作 |
インパクトのある |