『筑紫書体と藤田重信』刊行記念トークイベントレポート
書体デザインディレクター藤田重信さんの著書『筑紫書体と藤田重信』の刊行を記念し、ブックデザイナーの川名潤さんをゲストに迎え、2024年2月13日に青山ブックセンター本店でトークイベントを開催しました。その内容の一部をお届けします。
松村:本日進行を務めるパイ インターナショナルの松村と申します。このたびフォントワークスの藤田重信さんを著者に迎え『筑紫書体と藤田重信』という書籍を刊行しました。20周年を迎える筑紫書体のコンセプトや解説を中心に、筑紫書体の全てが分かる一冊になっています。
松村:本書制作時にYouTubeで公開取材を実施しましたので、ぜひアーカイブをご覧ください。
筑紫書体はジョーカー
松村:公開取材時は〈筑紫丸ゴシック〉と〈筑紫オールドゴシック〉について取材していて、「筑紫書体は文字を配置するだけでデザインが完成しちゃう書体ですよね。」と藤田さんに聞いたところ「少し組んだだけで豪快になるよねとよく言われます。逆に、文字組の技術で勝負したい人にとっては使いづらいかもしれません。」と。川名さんはよく「筑紫を使うと、藤田さんに負けたというか、ジョーカーを使ったみたいな感覚になる」と仰っています。
川名:文字組はポーカーみたいにいろんなものを組み合わせて役を作るので、まあ麻雀でもいいんですけど、筑紫は一発で勝てる。それがあるだけで役が完成する。ジョーカーであり白撥中っていうのが筑紫書体。
藤田:高度な技術を持つ人には面白くないんですかね、きっと。
川名:「面白くない」というのはあるんですよ。文字組する側の、役を作る楽しみ。何でもない数字を使って役を作ってゲームに勝ったら、きっと楽しいじゃないですか。ジョーカー一発で勝ってしまうとジョーカーのおかげみたいになる。
藤田:一流のコックさんが一番良い素材で美味しい料理を作るんじゃなくて、冷蔵庫の中のありあわせの素材でとっておきの料理を作るみたいな話ですか。
川名:そういう感じですね。書体について、字游工房の鳥海修さんは「水や空気」という言い方を仰いますけど、筑紫書体は水に初めから味がついている。
藤田:僕は自分の書体は香辛料だと思っているんですよ。
川名:本を読んでもらうと分かるんですけど、はっきり書いているんですよね。香辛料であり、アクセサリーやピアスみたいなことを仰っていて。あ、やっぱりそう思って作ってたんだ、と思いました。僕は文字を組みながらつけたいんだけど、初めからついてるのが筑紫書体。
藤田:普通に水や空気だとしたら、マグロの刺身も醤油とわさびなしで食べられる。筑紫は醤油とわさびを足し算でつけています。素のものがそんなにいいんですかね。
川名:僕は食べる方じゃなくて、料理する方なので。フォントという商品のリリースの仕方にも多分関係しているんじゃないですかね。料理人じゃない人にも届くじゃないですか。
時代に合わせてわざと丸くデザインする
藤田:〈筑紫明朝〉の先端は結構丸くて、尖っていないんですよ。DTPの時代になると、端々がとげとげに見えるから、わざと丸くデザインさせなきゃいけない。
川名:印刷の時の少しの滲みとかがピクセル上では無いから、すごくシャープに見えるということですよね。
藤田:写研時代の原字は本当尖っているんですよ。尖っているんだけど1980年代ぐらいまでの出力機だと精度が低いので角がどんどん丸まっていく。ちょうどよく人間の目には痛々しくない。それが90年代の途中から出力機の解像度が上がって、原字のまんま見えてすごく目に痛くなった。自分はインクの滲みが可愛いと思っています。
川名:可愛いですよね。
藤田:それを活版の時代の人に話したら、「滲みは敵だ」となる。そうか、それを商売にしてる人は一切滲みのない綺麗なものを出そうとしてるんだなと。でも一般の読者には、滲みとか、「え、ここのページかすれてるよね」みたいな、そういうエラーが楽しくて、記憶に残っていくじゃないですか。良い記憶として残るんです。
川名:最初からデザインの中に組み込んでしまうのですね。
藤田:そう。そうするとDTPであっても昔の写植や活版の印刷物のように見えるので、それを取り入れました。
川名:潤い、湿度を加えたんですね。
藤田:〈筑紫明朝〉のうねりもそうです。あるんですよね、曲線のうねりみたいな。
川名:全体的に有機的に見える書体です。
藤田:僕は無機質だとつまらないと思っています。水や空気って無機質でしょ。文字は、甲骨文字の時代から人間が作り出したものなんですよ。決して無機質に置き換えちゃいけない部分がある。やっぱり印象に残らなきゃいけない。絶対に。 最近、小林章さんと話していて、ヨーロッパでは有名な人がレストランに行って美味しいもの食べて家に帰った時に、「きょうの料理は本当に美味しかったね」と振り返る。でも器がぜんぜん思い出せない。そういう器が一番良いフォントなんですよ。そんな話をしました。僕は「器もよかったよね~、室内も最高だった」というのが良いと思う。そういう風に考えてたんです。
川名:みんなが主役である。
〈普通〉の強さ
藤田:ずっと普通や平凡ではダメだと思っていましたが、1週間ほど前から、普通であることの強さに打ちひしがれてるんですよね。
川名:さっきも楽屋で「ちょっと特徴があったり、変わっていて癖のある感じが藤田さんの型なんですけど」という話をしてたら「いや、普通が良いんだ、普通の強さやしなやかさが良い」と言ってましたよね。
藤田:普通の書体は絶対作れないんです。でも〈ニューセザンヌ〉というフォントは普通に作りました。
川名:そう、〈ニューセザンヌ〉っていう書体があるんですよ。〈セザンヌ〉という古くからある書体の新版なんですけども、それを藤田さんが手がけたというのをさっき知りました。これ、良いんですよね。
藤田:「普通」を馬鹿にできないっていうか。ユーミンの「リフレインが叫んでいる」という曲やJayWalk 「言えなかった言葉を君に」という曲をYoutubeで見ると、普通のカップルさんがいっぱい出てくるんです。80-90年代の街中で、楽しげに過ごすカップル達。そういうシーンって普通、俳優さんが演じるものをドラマで見るじゃないですか。そのミュージックビデオではもっともっと普通の人が出てくるわけです。で、途中からお年寄り夫婦が出てくる。顔が俳優さんみたいに整ってるなんてことなくて、もうぜんぜん普通。でもそれを見てるとなんかじーんとっしてきて心に涙が流れてくるんです。普通って強靱だって。ドラマに出てくる俳優さんは綺麗なんだけど、それって作られてるよね、みたいなね。ひょっとして筑紫はそういう風に見られているんじゃないか、と。だから俗に言う「普通」は本当に凄いことなんだって思ったんですよ。
〈音が鳴る〉文字組
松村:川名さんに見せて頂いた筑紫書体を使用した装幀作品をカウントすると、〈筑紫アンティーク明朝〉が20冊、〈筑紫オールドゴシック〉が5冊、〈筑紫Cオールド明朝〉が2冊という結果になりました。〈筑紫アンティーク明朝〉をよく使ってらっしゃいます。
川名:僕は「音が鳴る・鳴らない」という例えをするんですけど、何でもない文字を組み合わせて並べることによって、それまで鳴っていなかった音が鳴るように文字を組んでいます。薬師寺の東塔は、「凍れる音楽」「フローズンミュージック」と称されていて、すごくリズミカルな形をしているんですよ。実際は三重の塔なんだけどディテールによって六重の塔に見える。アメリカの東洋美術研究家フェノロサという方がフローズンミュージックと称した。文字組をする時はそれを目指します。音を鳴らしたい文字をどうにか組み合わせて、音が鳴るまで、字間、行間の調整を続けるんです。でも筑紫書体は初めから音が鳴ってるんです。だから組み合わせると大音量になる。
〈筑紫アンティーク明朝〉を使ってる本は大体理由があって2文字なんです。2文字の組み合わせは音が鳴りづらくて、どうにか鳴らせようと思ったら筑紫がはまるんです。鈴木千佳子さんの『〆切本』(左右社刊)。あれもすごく少ない文字の中で、きちんと音が鳴っている。しかも曲線のあり方によって情感がこもっているので、寂しさや悲しさがきちんと出てくれる。『〆切本』は〆切にまつわる作家のエピソードがまとめられた本じゃないですか。もう悲鳴にしか見えないと思って、やっぱり少ない文字数の書名だと選ばれるよなと思いました。
藤田:なるほど。
川名:ミステリーやホラー、あと悲しい音を出したい時に使うことが多いです。
新作書体について
松村:これから出る筑紫書体の話もしてもらいます。本記事が公開される頃には〈筑紫RMミン〉がリリースされています。他にはどんな書体の構想がありますか?
藤田:後輩の越智亜紀子が、卵かコッペパンで作ったような重ね書体を試作していてそれを見てそうだ「この太さだ」と思ったんですよ。写研の〈スーボ〉と同じ太さで作っても、似通った書体にしかならない。紙面がほとんど真っ黒くなるコンセプトだ。弊社にはラグランパンチが既にあるじゃないか。この太さで重ねたのが〈筑紫AN丸ゴOV〉です。〈スーボ〉とは別物でしょ?
藤田:よく川名さんに、藤田さんの書体は「絵」ですと言われて。自分でもアートっぽいかと思います。これ、漢数字の「二」で重なるんですよ。揃えることより埋め尽くすことに価値を置きました。
さいごに
藤田:デザインしている人って、何かのデザインをしていることよりも、やっぱり夢をデザインしてるんだと思うんですよ。だから自分はよくある普通のものはきっと今後も作りません。面白いものを作っていきます。
(協力:青山ブックセンター本店)