『ブックデザイン365』Book Designer Interview #1:佐藤亜沙美 <後編>
―『ブックデザイン365』には載っていないお仕事についてもお話をお聞かせください。ブックデザインとは切り離せない「文字」についてはいかがでしょう。亜沙美さんの装丁は特に文字にこだわりを感じます!
自分では凝っているという自覚はないのですが、読者として書店に行った時にバラエティにとんだデザインが並んでいてほしいとは強く思っています。売れることが優先される時代になってきて、タイトルを見やすく分かりやすく、とにかく読みやすくということが思考停止させられるほど言われる中で、そこへの抗いがまずあります。「本ってこういうものだよね」というレイアウトにしないところから端を発しています。いただくお仕事が圧倒的な強さを持つ作品も多いこともあり、フラットなアプローチのデザインが似合わないことも多いです。内容にデザインが負けないよう試行錯誤しています。
―いかに「っぽさ」から逸脱していくか。
あえて王道が似合う作品もあるので、そこに必然性があれば、それに従うことももちろんあります。ただ、コズフィッシュ在籍中に常に祖父江さんから言われたのは「そこに置いて安心ということは死に向かっているようなものだと」と。レイアウトするときは意識的にすべて角が埋まらないようにしているのですが「四角を埋めていくとデザイナーは安心するけれど、全ての角にものがあるということは棺桶になっていると思った方がいい」と言われました。
センター合わせの文字組みも作り手は安心はするけどすごく退屈な誌面になってしまいます。あえて教科書っぽくしてほしいと言われたときはセンター合わせにすることもありますが、そこに必然性がなければ極力避けます。祖父江さんが言っていたのは、思考停止の部分でデザイナーっぽさとか書籍っぽさとか安心するところで止まらないで、もう少し潜っていけということだと思います。書籍そのものが生命力を持って生き物になるまでやるという感じです。
―最近のお仕事で印象に残っていることはありますか?
自分の中で大きな挑戦だったのは『文藝』(河出書房新社)です。文芸誌は各出版社の背骨のような媒体という認識があって、自分の中では聖域のような印象を持っていました。自分が文芸誌のADをするんだと、ご依頼いただいたときは少したじろぎました。文藝の版元である河出書房新社は雑誌も文藝のみなので、その点でも緊張感が高かったのかもしれません。ただ編集長の坂上さんから「これまでのデザインをまるっきり変えてください」という心意気を受け取ったので、強気で攻めていきました。はじめに編集者側のイメージを伺って、ざっくりしたビジュアルパターンを50くらい机に並べて見ていただきました。ロゴはゴシック系で行くというのは決めていましたが、細かったり太かったりは色々と変えていきました。ビジュアルに海外のイラストレーターさんを提案したり、古風なビジュアルも入れたり、提案したときは幅をもたせていました。原寸でみていくなかで、イメージを擦り合わせていった感じです。
その中でアニメーションも制作されているイラストレーターさんが最後まで残りましたが、“文藝再起動”という宣言文が入っていたこともあり、起用する方も新しい方がよいのではと編集長からご提案いただき、クイックオバケさんに決定しました。キャラクターも何度かリテイクを繰り返していただくなかで「文ちゃん」が誕生しました。
文芸というジャンルとの距離の取り方や、これまでのイメージをどこまで変えていくかを考えていく過程が面白かったです。祖父江さんが『群像』(講談社)のADを担当されたときは男前で粋なデザインで、それを横でずっと見ていて、憧れていました。祖父江さんは古風なデザインとアバンギャルドな部分を使い分けるタイプだと思うのですが、祖父江さんの文芸へのアプローチをみていたので最初は悩みましたが、編集長の意見をうかがっているうちに、自分の強みであるポップさに振り切っていこうと考えました。
―各社の文芸誌がリニューアルしている中、一番目立っていますよね。
20年ぶりのリニューアルということ、毎号の特集の強さが合わさってデザインのリニューアルにも追い風が吹きました。
これはイラストレーターWALNUTさんの図録『TRAVEL JOURNAL』です。本文は同じですが表紙が4種類あり、パルコのギャラリーでしか買えない設定にするなど色々と工夫しています。はじめは紙を4種展開にしようと考えていましたが予算の都合で断念せざるを得ない状況になったのですが、じゃあ同じ紙でいいから4色の掛け合わせで作れるようにCMYKのYとMだけ特色に替えて掛け合わせにすることで4色展開を実現できました。最近は受取手に選択肢をもってもらえるような提案をよくします。
―『ブックデザイン365』の中で他のデザイナーさんの作品で「これは!」と思うものはありましたか?
昨日、原条令子さんの『大胯びらき』『城の中のイギリス人』『超男性』(白水社)(『ブックデザイン365』p.144-145に掲載)はグッときて買いました。めちゃくちゃ格好良かったですね。『文藝』の「この装丁はすごい」で取り上げることにしました。
紙の種類の記載がありがたかったです。同じ版で反復するというやり方も知識がないと出来ないですし、色で表情もここまで違います。澁澤作品が大好きな人にもきっと届いて、新しい読者にもリーチできるデザインだと思いました。今はこういうストイックなアプローチがしづらいですよね。受取手を選ぶデザインだとは思いますが、自分はなかなかこういう引き算的なデザインは出来ないです。愛蔵版だからこそのデザインがめちゃくちゃ格好良かったです。
コズフィッシュ在籍中から佐々木暁さんの仕事にも強い敬意があります。暁さんのお仕事には「粋」という言葉を思い浮かべます。
三木俊一さんの『火を焚きなさい』(新泉社)も魅力的です。三木さんがデザインされた書籍もよく手にとります。
―ブックデザイナーさんとの横の繋がりは少ないですか?
できるだけ群れないようにとは思っています。業界の空気みたいなものから遠いところで仕事をしていたいです。
―去年台湾に行かれてましたね
王志弘(Wang Zhi-Hong)さんの装丁はとても格好良いです。日本の文化を咀嚼してアップデートしているので、日本ではなかなか真似のできないデザインだと思います。文字の切り崩し方もそうですけど、日本語への強い敬意を感じます。台湾でも帯文の情報量が多いとか、売りを意識して柔らかくてポップにしたりする潮流もあると現地の小説家に聞きましたが、このようにシャープなものを作れる環境があるんだな、と。依頼される仕事もしながら、自ら出版にも関わるというスタンスは見習いたいです。
―亜沙美さんも将来的にはご自身のレーベルで発信していきたいですか?
まだ具体的ではないですけれど、いずれ自分が主体となってなにかをしてみたいというのは少し前から考えるようになりました。向こう十年を考えたときに、受注するだけでよいのかという危機感もあります。数年前から海外にも意識的に出るようになりました。日本語圏で仕事をすることの特殊性を客観視したいというのもあります。どの国をみてもこんなに本屋さんの多い国はないし、恵まれているなぁという実感もありました。
―尊敬している方として横尾忠則さんや岡本太郎さんの名前を出されていますね。アーティスト的な目標はありますか?
アートかデザインかということではなく、その時代の空気に迎合しない方、抗っているように感じた方ということで名前を挙げています。普遍性をもつものはどこかで大きいものに流されない強さを感じます。「売れるもの」を作ることが100年後、文化的に貴重なものとして手に取られるものになるだろうかということも危機感としてあります。
わたしは仕事として書籍のデザインを選んで、幸い仕事として成り立っているのですが、売れるものを目指していくことと、利益優先ではない文化的なものに触れていたいという欲求とを目先の利益だけではなくて大きな意味で考えていきたいです。商売になっているからいいやということよりも、自分がどういうアイデンティティで仕事を受けて、どのように出力していくのかをお金を生むデザイナーという装置としてではなくて、多様な価値観の中で生きるものとして考えていかなければと思っています。そのような意識のなかで、デザインにどこまでの力があるかは分からないのですが、最近はマイノリティとされている方の声をひろうような作品は積極的にお引き受けしています。日本ではダブーとされているような政治的な思想や個人を支えるアイデンティティがデザイナーにも求められるような時代がくるのではないかと思います。
(完)
<中編 を読む