『タイポグラフィ60の視点と思考』刊行記念インタビュー集 第1回:井上悠さん(後編)

株式会社canariaにてデザイナーとして活躍後、現在はフリーランスとして活躍中の井上 悠さんに登場いただき、これまで手がけた仕事やデザインに対する考え方、また『タイポグラフィ60の視点と思考』で紹介した作品ついて語ってもらいました。今回はその後編です。(取材日:2024年10月15日)
「ぎふ木育協会」のポスター
___井上さんの作品は、文字の使い方がとても魅力的です。特徴的な使い方をされている3点の作品について、最初に、「ぎふ木育協会」のコンセプトについてお聞かせください。
「ぎふ木育協会」は、すべての人に向けて木育を普及している岐阜県の団体で、そのPR活動の一環として関わっています。団体のコンセプトは「森と木からの学び」。グラフィックにおいても同様で、木育教育の取組をわかりやすく伝えることを目的にしています。
___文字や双葉の配置など、全体のレイアウトでどんなところに工夫しましたか?
ポスターにおいては「岐阜の木育」を誰が見てもわかるようにしたかったので、まず「岐阜」という文字をそれぞれ平仮名、漢字、英字の3種類で表現しました。次に「木育」ということから木から芽吹いている様子をビジュアルに採用し、文字と一体化させてコンセプトをわかりやすく伝えるポスターにしました。
___一目見ただけで認知できる素晴らしいポスターですね。最初から生い茂っているようなイメージでスタートしたのですか?それとも何案か考えて提案したのでしょうか?
提案自体はこの1案だけです。ラフを書いている段階で「もうこれしかないだろう」と思っていました。文字ではなく木をメインにした案もあったのですが、それだと「岐阜」というロケーションの立ち位置が弱くなってしまい、岐阜県が行う取り組みということが伝わりにくい。そう考えて整えていったのはこの案だけでした。
___平仮名、漢字、欧文でデザインが統一されていますが、フォントや双葉の配置、全体のレイアウトで苦労した点があれば教えてください。
平仮名、漢字、英字の文字の密度感が違うので、そこでどう双葉を配置するかがちょっとむずかしかったですね。最初は1種類だったのですけれど、「誰でもわかる」という基準を考えると、子どもも大人も海外の人も誰もがわかるといいかな、ということで平仮名、漢字、英字の3種類を作らせていただきました。
___クライアントからはどのような反応がありましたか?
「わかりやすい」とおっしゃっていただきました。クライアント以外にも、特に海外の人からの反応がよくて、海外のデザイン書籍に掲載されたり、仕事の依頼にも繋がりました。海外でもこの作品が評価されたのは予想外でした。
JAGDA北海道ポスター展へ出品
___次に、2019年に開催された「JAGDA北海道ポスター展」はどのようなプロセスで花火の案が出来上がったのでしょうか?
これは仕事ではなく、ポスター展に出品したものです。この年のポスター展のテーマが「光」で、20周年を迎えるイベントだということを事前に聞いていたので、「20周年を祝う光」からデザインができたら素敵だな、と思って作りました。
「お祝い」というところで、花火が上がるデザインが思い浮かび、花火をモチーフにすることにしました。それからどうやって花火を作ろうかと考えて、シンプルな形状の花火、要素を絞った花火ができたら一番きれいかなと思って「20周年おめでとう」のテキストを円形に組んで、それを組み合わせて花火を作ったという流れです。3点シリーズのポスターなのですが、それぞれのビジュアルの形状は花火の「菊、千輪、柳」を表しています。
___花火といえば色とりどりの印象ですが、あえて1色にした意図を教えてください。
いろんな色を使うこともできたのですが、このときは1色しか決めていませんでした。当時はシルクスクリーン印刷でポスターを刷ってみたい、という欲があったので、金色の紙にマットの黒をシルクで印刷しました。
___黒で刷っているんですか?
そうなんです。多色刷りになるとお金がかかるので、1色だけで色を作れたらいいなと。シルクスクリーンがやりたいということもあって、そこから絞っていったという経緯もあります。
___黒い紙に金で刷る方法もありますが、その逆というのが面白い発想ですね。商業印刷ではなかなかできないかもしれません。黒と金という組み合わせは最初から決めていたのですか?
黒に関しては「夜空に上がる花火」というところから決めていました。あとはどうしようかなと考えて、どうせなら「光る色」がいいと思って金に決めました。花火っぽい色は金かな、と思って決めた感じです。3枚のシリーズにしたいと思っていたので、オーソドックスな花火が連打されているような印象に仕上げました。
___3枚の中で、特にお気に入りはありますか?
花火というのが一番わかりやすいのは「菊」です。これがお気に入りです。最初にこの作品を作って、それから「千輪」と「柳」を作りました。
___学生のときから紙や印刷技術がお好きだったのでしょうか?
好きでしたね。学生のときに教わっていたのが工藤強勝先生で、紙や印刷技術に詳しい先生だったんです。「日本タイポグラフィ協会」の会員だった方で、いろいろと教えていただきました。当時から文字のデザインが大好きで、大学時代はもちろん、社会人になってからも作品を作り続けています。前の会社にいた頃も会社の仕事に並行して、会社外で作品作りをしていました。
___少し話はそれますが、「日本タイポグラフィ協会」に入った理由を教えていただけますか?
大学を卒業する際に工藤先生へ「実務経験3年が過ぎたら、JAGDAに入りたいので推薦状を書いていただけますか」とお願いしまして、そのタイミングが来たときに「日本タイポグラフィ協会もどうだ?」とお誘いいただいて入会しました。学生の頃から協会のことは知っていて、自分の作品を掲載してもらったこともあり学生時代の制作モチベーション維持にもつながっていました。自分の作品が年鑑に載ったことがとても嬉しかったです。
___グラフィックデザインの道に進もうと決断したのはいつですか?
明確に決めたのは大学時代です。高校まではなんとなくものづくりに携わりたいと思っていました。大学を選んだときも、ものづくりを広く学べるような大学ということから決めました。グラフィックや空間デザイン、Web、映像を広く学んでから専攻を決めるという大学で、いざ専攻を決めるときに今まで学んだ中で一番楽しかったのがグラフィックデザインだったことから、この道に進もうと思いました。それと、工藤先生がとても楽しそうにデザインの仕事をしていたので、その背中を見て影響を受けたことが大きいです。あんなに楽しく仕事をする人は見たことがないくらい。それほど魅力的な仕事なら、やってみたいなと思ったのがきっかけです。
「グリーンパークス」BIG SALEのグラフィック
___前編でお聞きした「グリーンパークス」のグラフィックについて、内容の伝達スピードを上げるために、情報や要素をどのように設計していったのでしょうか?
「女性向けのブランド」と「セール」が必要な情報だと思い、それをシンボルにすることで見る人にノンストップで伝わると考えました。さらにセール情報と女性をメインにビジュアルを構築して要素を絞っていく、という設計の仕方です。
___要素を絞る際、伝えたい情報が多く迷った場合は何を優先しますか?
見る人にとって一番必要なこと、この場合はセールの情報を優先しつつ、その上で何かアイデアを入れられないか、と考えました。セールの割引率を第一に考え、そこから女性のイラストとして表せないかと考えました。僕の場合、文字を扱うときに、その情報にビジュアルを形づけられないかな、と考えることが多いです。
___先ほど「シンボルにする」という言葉がありましたが、平面と映像、どちらがシンボライズしやすいですか?
「シンボライズしやすさ」という面から言うと、平面のほうが作りやすくて、一枚絵で見られる分、必要な要素をどんどん絞っていくから伝わりやすい。映像の場合は伝えるタイミングが決まっていて、どうしたらそこまで飽きずに見てもらうかと考える必要があります。要は最後まで見てもらう動線をしっかりと作らなくてはいけない。そういった面でポスターのような平面のほうが作りやすいです。映像は情報以前に、リズムやタイミング、どう飽きずに見てもらうかなどの工夫が必要となるので、別の大変さがあります。
___媒体が複数に及ぶ場合に意識されていることがあれば、教えてください。
複数の媒体がある場合は、媒体によって印象が変わらないように気をつけています。色使いもそうですし、文字の組み方もそうです。例えば縦組みを横組みにすると印象が変わってきてしまう。とはいえそのまま配置できない場合もあるので、そういったときには新しい見え方を模索して調整をしていきます。
___先ほど言及されていた「セールの割引率を女性のイラストに関連づける」というところですが、このポスターを見ると「70%」という数字がきちんとわかる。それってすごいですよね。
そういうふうにお客さんも見てくれるといいなと思います(笑)。
___最後の質問になりますが、タイポグラフィとの向き合い方について、井上さんの考えをお聞かせください。
自分がデザインする時に、伝えたいことの受け皿にタイポグラフィがなってくれているな、と感じています。タイポグラフィというと文字の組版とかいろいろ使い方がありますが、僕の場合は文字の形から変えていくことが多いです。その変え方で意味合いを出していくことがある。文字は伝えたい内容を受け止めてくれる器のような役割になってくれる存在だと思っています。
___貴重なお話をありがとうございました。
(取材協力:井上 悠)