『タイポグラフィ60の視点と思考』刊行記念インタビュー集 第3回:小玉文さん(前編)

現在は株式会社BULLETを代表する小玉文さん。デザインとの向き合い方やこれまで手がけた仕事について、また造詣の深いパッケージデザインの作り方を語っていただきました。今回はその前編です。(取材日:2024年10月28日)
手で触れて感じることができるデザイン
___まずはお仕事の内容や、スタイルを教えてください。
「手で触れて感じることができるデザイン」を大切に、パッケージやカードなどの仕事を少人数で手掛けています。新卒で入社した粟辻デザインで、紙や印刷、そしてパッケージデザインについて学ばせていただき、2013年に独立して今の会社を設立してからは、より深くアナログなものを制作するようになりました。
___最近、手掛けた仕事を教えてください。
1つめは田代卓さんの作品集です。ブックデザインを担当されたのは小川航司さんで、私は3冊の作品集を収める外側のスリーブをデザインしました。広げると一枚の厚紙になるスリーブには90度の角がきれいに出るVカット加工が施されており、固定のために中にマグネットが仕込まれています。また、表紙のデザイン自体が田代さんの描かれる特徴的な「目」の形になっており、作品集のVol.3には僭越ながら私が寄稿させていただいたページがあります。
裏側は広げるとより「目」だと認識しやすくなります。側面に箔押しと空押し加工を施しており、透明に近い方が空押しです。
___田代さんの作品で特に好きな作品はありますか?
「Print it Black」というシリーズが好きで、中でも特に好きなのはシルエットだけのような、極限までシンプルに表現したイラストです。田代さんのイラストはどれも目が特徴的で、ユーモラスで独特です。今回のスリーブも、田代さんと対話する中で「表紙も目だけで作ったらどうか?」という話になり、このような形になりました。
___手元にずっと置いておきたくなる本です。
まさに愛蔵版だと思います。
左官集団「攪拌」の名刺
2つめは「攪拌(かくはん)」という左官の会社の名刺です。30代の若い職人たちが集まったこの会社の社名には「左官業界を自分たちが攪拌していくのだ」という想いが込められています。ロゴ制作をご依頼いただいた時に、文字のパーツをバラバラにして、ロゴそのものが攪拌されているような形をつくりたいと考えました。攪拌の「攪」の字の中には「×」の形が2つあり、何かを混ぜる撹拌機を想像させます。この「×」をシンボルとしてデザインに展開しています。
例えば名刺では、箔押しの会社コスモテックに2つの「×」をそれぞれ別の箔版で作ってもらい、ランダムに箔押しする「箔乱れ押し」をお願いしました。1枚ずつ「×」の配置が異なる、唯一無二の名刺に仕上がりました。
___1枚ずつ全て異なるのでしょうか?
同じものは1枚もありません。箔押しだけではなく、名前の印刷位置も複数のパターンがあります。箔の「乱れ押し」については、以前コスモテックが手掛けていた仕事を拝見しており、今回のデザインにぴったりだと思いお願いしました。
___クライアントからはどのような反応がありましたか?
グラフィックデザインに詳しい方々ではありませんが、一つ一つ魂を込めてものづくりをされている方々なので、名刺でも「一つ一つ変えてつくることが出来るのですね」と驚きの声をいただきました。
___ロゴに関してはどのような反応がありましたか?
喜んでくださいました。実は、弊社でデザインする前に仮に使われていたロゴは細めの明朝体のデザインだったのですが、実際に拝見した仕事からは、ザラッとした無骨な印象を受けました。繊細な仕事ではあるのですが、きれいに整いすぎていないもの、無骨さを少し感じるものを……と考えました。
名刺の黒箔は、グロスとマットの2種類で校正を出してもらいました。攪拌はブルーボトルコーヒーの店舗など質の高い仕事を多く手がけており、上質な印象を表現するために今回はマットの方が適していると判断しました。
「錦鯉」のパッケージデザイン
___これまでの中で特に印象に残っている仕事を教えてください。
2016年に手掛けた今代司酒造の「錦鯉」のパッケージデザインです。AWATSUJI designのスタッフとしてこの酒蔵のリブランディングの仕事に関わっていたご縁があり、自分が独立し会社を立ち上げた早い段階でこのご依頼をいただきました。酒蔵の象徴となるような製品をつくりたいとのご希望で、販売時期やデザインの期限を明確に定めずに、「良い案が出れば商品化しましょう」と、社長と一緒にアイデアを出し合いました。「新潟は錦鯉の養殖が盛んな土地だから、錦鯉をモチーフにするのはどうか?」「酒蔵の所在地『鏡が岡』から、鏡をモチーフにするのはどうか?」といった具合に社長と直接連絡を取り合う中、海外へもアピールしたいという話がでた時に、海外でも知名度がある錦鯉をモチーフにすることが決まりました。
___真っ白な瓶がとてもきれいです。
大商硝子のガラス瓶を採用しています。一見陶器や磁器のようですが、光の乱反射で白く見えている「砡(ぎょく)瓶」と呼ばれるガラス瓶です。酒蔵の方からこのガラス瓶のことを教えていただき、瓶自体を錦鯉に見立てることにしました。
___箱も制作されたのでしょうか?
日本酒は箱が無い状態で販売されることも多く、当初は箱のデザインのご依頼はありませんでした。実は私のほうで、デザインを検討する過程でふと「初めて目にした人にも錦鯉だと分かるだろうか……?」という疑問が湧き、その解決法として、魚のシルエットの穴を開けた箱に入れることを社長に提案しました。贈答品としては箱があった方が良いこともあり、制作することになりました。
___配色やロゴが素敵です。
赤・白・金の配色は中国で人気のある鉄板のカラーリングだそうです。初期の「錦鯉」はアルファベット10文字で「NISHIKIGOI」と瓶にデザインしていたのですが、海外で錦鯉は「KOI」の名で広まっていることから「KOI」の3文字に切り替えました。ロゴは書家の華雪さんに書いていただきました。
___独立された当初と今で、仕事に変化はありますか?
以前よりも業務に慣れて、求められたものに対して自然と自分らしい提案が出来るようになったと思います。独立した当初は、「こうしたら良いのではないか」と、クライアントと直接やり取りをしたい気持ちが強くありました。粟辻デザイン在籍時はボスや先輩がいてくれて、自分は一人のスタッフとして守られた環境にいましたが、自分が矢面に立つとどうなるのか試したいと思っていました。
___クライアントとやり取りをする中で難しいと感じることはありますか?
毎回、何かしら難しいと感じることはありますが、私の以前の仕事をご覧になった上で依頼していただいたクライアントとはスムーズに話ができている感覚があります。逆に、代理店や仲介者を介していただく仕事は難しいと思うことが多くあります。
___作品を見てご依頼いただくパターンが多いですか?
はい。特に「錦鯉」シリーズが弊社の宣伝部長になっており、このデザインをご覧いただいた酒蔵さんやクラフトビール会社さんなど、お酒関係の方々からの仕事は多いです。
興味のある色々なことからデザインのインスピレーションをもらう
___デザインのインスピレーションは、どこから得ることが多いですか?
私自身が作家性のあるタイプではないので、「今回はこうだからこう作ろう」と案件ごとにスタイルを変えることが殆どです。それらのインスピレーションは私が興味を持つ対象全てから得ていて、その興味の幅が広すぎることが、長所でもあり短所でもあると感じています。デザイン関連から得ることもあれば、マンガやアニメから得ることもあります。常にいろいろなものを自分の中に溜め込んだ状態でいて、依頼をいただいた時に「この方に似合う服はこれだな」と、「どれかを出す」ことが多いです。
___普段から本は読まれますか?
最近は、とりあえず買っておいて時間がある時に読もう、と思いながら読んでいない本もたくさんあります。でも、本は良いですね。書店に行くと衝動的にこれはいいなと思って買うことが多いです。海外の本屋に行った時は、何の本かよく分からないままに「かっこいい」と手に取ってみたり、日本ではありえないデザインに刺激を受たりしていました。インターネットで買う時は、何を買うかを先に決めた目的あっての購入です。電子書籍で購入することも増えましたが、後から紙で買い直すこともあります。大学の仕事でも本には携わっていて、以前は図書館で本の選書の仕事をしていました。選書の際に欲しいと思った本を、ついつい個人的に買ってしまうこともありました。魅力的な製本や、作品やレイアウトが良い本を見つけると思わず買ってしまいます。
デジタルの時代で物質感のある仕事に励む
___今後チャレンジしてみたい仕事があれば、教えてください。
毎回のお仕事が、何か新しいことへの挑戦になっています。その上で更なるチャレンジに目を向ける時間を作り出すことは現状難しいですが、自分は物質感や手で触れるものに魅力を感じているので、今のデジタル社会の中でどこまで粘っていけるかを頑張りたいです。
___これからデザイナーを目指す若い世代にアドバイスやメッセージをお願いします。
大学の専任教員という立場から学生と話しをしていると、最近はAIとの関わり方に興味を持っている学生が多いようです。AIに関しては、私はそこまで悲観的にならなくても良いと思っています。理想では、人間がする必要のないことをAIに任せて、人間はもっと面白いことや新しいものを生み出すことに時間を費やすようになれば良いと考えています。今はデザイナーが人間同士で戦っている状況ですが、今後はそこにAIというデザイナーが参戦します。これまでのグラフィックの歴史を学んだAIは、人間よりも上手く早く既存のデザインと同じようなものを作り出せるでしょう。この状況ではAIと同じようなものを人間が作ることには意味がなく、AIが作れないものを人間が作ることが必要になります。一人の人間として生き、自分の力で戦っていくためには、自分が何をどのように感じ考えているのかを認識し、それをどのように表現するのか考えながら生きることが重要だと考えています。
もう少し時代が進めば、今はコスト削減で真っ先に削られているロマンのようなかたちのないものが、実はとても大切であることが浮き彫りになってくると思います。デザイナーを目指す若い方々には、未来をあきらめずに自分の力を鍛えて欲しいです。
(後編に続く)